浦和地方裁判所 昭和55年(行ウ)5号 判決 1983年11月28日
原告
高橋功三
外七五名
右訴訟代理人
宮澤洋夫
須賀貴
村井勝美
柳重雄
大久保和男
管野悦子
岡田正樹
被告
運輸大臣
長谷川峻
右指定代理人
小田泰機
外五名
主文
原告らの訴えをいずれも却下する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実《省略》
理由
一被告が、国鉄が昭和五五年一月一二日付でした東北新幹線東京・盛岡間の工事実施計画の変更の申請について、同月二五日付で認可(本件認可)をしたこと、右認可が法<編注・全国新幹線鉄道整備法>九条にいう「認可」であることは、当事者間に争いがない。
ところで、抗告訴訟の目的は、行政庁の公権力の違法な行使によつて侵害された国民の権利又は法律上の利益を救済することであるから、抗告訴訟の対象となる行政庁の行為は、公権力の行使としての行為であり、かつ、直接国民の権利義務に影響を及ぼすものでなければならないものと解するのが相当である。そこで、本件認可が右の行政行為にあたるか否かについて検討する。
二法九条の「認可」たる本件認可が次のような過程の中でなされるものであることが法規上(本件認可固有の点は弁論の全趣旨により)明らかである。
1 まず、被告が予め鉄道建設審議会の諮問を経て鉄道輸送需要の動向、国土開発の重点的な方向その他新幹線鉄道の効果的な整備を図るため必要な事項を考慮したうえで建設を開始すべき新幹線鉄道の路線(以下、建設線という。)の路線名、起終点及び主要な経過地を定めた基本計画を決定してこれを公示する(法五条、法施行令―以下、施行令という―一条)とともに、新幹線鉄道を建設する国鉄又は鉄建公団に対し、建設線の建設に必要な調査を行うべきことを指示する(法四条、六条)。
2 次いで、被告は同じく鉄道建設審議会の諮問を経て、右基本計画において決定した建設線について、工事を着手すべき時期に応じ、建設の区間ごとに走行方式、最高設計速度、建設に関する費用の概算額、建設主体(国鉄又は鉄建公団)等を定めた整備計画を決定する(法七条、施行令三条)。
3 しかる後、被告は当該新幹線鉄道(本件では、東北新幹線東京・盛岡間、国鉄担当)の建設を担当させることに決定した国鉄又は鉄建公団に対し、右整備計画に基づいて建設線の建設を指示する(法八条)。
4 そこで、被告から当該新幹線鉄道建設の指示を受けた国鉄又は鉄建公団(本件では国鉄)は、被告の決定した右整備計画に基づき、路線名、工事の区間、線路の位置(縮尺二〇万分の一の平面図及び縮尺横二〇万分の一、縦四〇〇〇分の一の縦断面図をもつて表示)、線路延長、停車場の位置、車庫施設及び検査修繕施設の位置、工事方法、工事予算、工事の着手及び完了の予定時期を定めた建設線の工事実施計画を作成し、これに縮尺五万分の一の線路平面図、縮尺横二万五〇〇〇分の一、縦二〇〇〇分の一の路線縦断面図等のほか建設線の工事の内容、電気、通信設備、車両等の概要や列車の運行等を示す図表、書類を添付して右計画を被告に提出し、その認可を受ける(法九条、施行規則二条一、二項)。
5 そして、国鉄又は鉄建公団(本件では国鉄)が被告の認可を受けた工事実施計画を変更しようとするときは当該変更の理由及び内容を明らかにした書類を添えて被告の認可を受けなければならないことになつており(法九条一項後段、施行規則三条)、被告が昭和四六年一〇月一四日付で国鉄の工事実施計画を認可した東北新幹線鉄道についても、県南においては、地盤の性質や地下水の状態等の関係で地下方式による新幹線鉄道の路線建設は不可能であるとの理由で当初の計画を変更して高架方式により建設するとの国鉄の工事実施計画変更の申請に対し、被告は昭和五五年一月二五日付で本件認可をしている。
6 なお、国鉄又は鉄建公団が、被告の認可を受けた工事実施計画に基づく建設線の工事上必要な線路施設等のための土地を収用し又は使用するにあたつては、被告の右認可が存するにもかかわらず、土地収用法等の法令の適用に関して、特段の規定がなされておらず、同法所定の通常の手続に従つて手続が進められることになつているほか、右段階に至る以前において線路施設等に必要な土地について一定の区域を定めて土地の形質を変更し又は工作物を新設し改築し若しくは増築を禁ずることができるのは、国鉄(又は鉄建公団)ではなく被告自身となつている(法一〇条、一一条、施行令四条)し、しかもこれは前記認可とは別個独立の被告の行政行為であると解される。
本件認可は、右のような新幹線鉄道路線建設の一連の過程の中でなされたのであるが、これによつて、国鉄が法令上対外的に特別の権限を付与されたものと窺える規定はないばかりでなく、右認可があることによつて、国鉄が自ら作成した工事実施計画に従つて建設線の工事に着手する権限が与えられ、かつ、義務づけられることについても、右のような過程全体を通覧すると、法は、新幹線鉄道の建設を国民経済の発展と国民生活領域の拡大に資するという目的(法一条)を達成させるために国家的政策判断の下にその基本的大綱を被告に立案、決定させ、ただその具体的実施計画の立案及び建設工事自体は、被告の指示により国鉄(又は鉄建公団)に右基本的大綱に基づいてこれを行わせるとともに被告が、その建設工事の内容を監督する手段として国鉄(又は鉄建公団)の作成した工事実施計画を審査し、被告の認可を得させるようにしているものと解される。被告が右工事実施につき以上に述べる以上に具体的関与をしないとしても、右解釈は左右されない。
そして、このように解することは、国鉄が鉄道事業及びそれに関連する諸事業を経営する国とは独立の公法人である(国鉄法一条ないし三条)ことと必ずしも矛盾しない。なんとなれば、国鉄は、その資本金は全額政府がこれを出資し(同法五条)、役員の任免については内閣又は被告がこれを行うかもしくは関与し(同法一九条、二二条、二二条の二)、一定の事項については、被告がこれを監督するほか監督上の命令を発したり、国鉄から報告をさせたりすることができる(同法五二条ないし五四条)うえに、その予算、決算については国のそれと同様に国会の議決、国会への提出がなされることになつている(同法三九条の九、四〇条の三)公法上の法人であつて(同法二条)、かような性格の法人である国鉄に対し、被告が法令に基づき自己の策定した新幹線鉄道建設の計画についてその具体的建設のための工事実施計画の作成及び建設工事それ自体を指示することは、国鉄が少なくとも右に関する限りにおいては行政組織のひとつとして国の政策の実現に当たつているものと解することができ、本件認可も右の意味において監督手段の一つとしての承認と解しても、国鉄が独立の法人であることと必しも矛盾するものではないものというべきである。別の角度からいえば、国鉄は国鉄法により鉄道事業その他の事業を経営するために設立された公法人であるから、同法所定の事業に関しては、独立の法主体として扱わなければならないけれども、法施行後の新幹線鉄道の建設に関しては、国鉄法所定の鉄道事業と密接な関連を有するとはいえ、国鉄が、国鉄法によらないで(法一四条)、法及びこれに基づく行政庁たる被告の指示により、特に与えられた業務であるから、国鉄法所定の事業におけると異なり、被告の下部機関としてその業務を逐行するものとみることができるのである。
原告らは、国鉄創立の趣旨等に徴し、国鉄の経理・業務上の独立性を強調するが、鉄道を含む公共輸送手段の採算性が失われたことは公知の事実であり、鉄道と競合関係に立つ輸送手段に資する道路や空港等が国の資金によつて著しい発達を遂げているわが国ではこのことは特に顕著である。かかる基盤に立てば、国鉄法に基かない、すなわち、国鉄の発意によらない鉄道の建設も国の政策としては当然考慮されるところであり、全国的な鉄道網の整備のための高速輸送体系の形成を目的とする(法一条)新幹線鉄道の建設(法施行前の東海道新幹線の建設と制度を異にする。)もその一つであつて、法は、国鉄法所定の事業とは別個に国鉄あるいは鉄建公団にその任を与えているのである。原告らは、本件認可に基づく新幹線鉄道建設の用地・施設が国鉄に帰属することを指摘するが、法は新幹線鉄道の建設に当たる国鉄に、鉄建公団と同様の地位を与えているに過ぎず、ただ、法により建設される新幹線鉄道については、その建設主体が国鉄であれ、鉄建公団であれ、結局その営業はすべて国鉄が行うことになつている(法四条)こと、新幹線鉄道の建設資金の手当について、法は国が財政上必要な措置をとらなければならないもの(法一三条)と定めるだけでその具体的内容については何ら定めていないこと、加えて国鉄と鉄建公団の公法上の性格が異なることなどからすると、国鉄の建設した新幹線鉄道についてはその用地や施設等を直ちに帰属させ、鉄建公団の建設したそれと異なつた取扱いがなされるからといつて、そのことによつて国鉄が鉄建公団と同様、法と被告の定めるところに基いてする新幹線鉄道の建設主体たる場合と国鉄法所定の固有の業務(新幹線鉄道の運行営業を含む。)と主体たる場合とで法的性格を異にするとみる妨げとならない。
以上のとおり、本件認可は、実質上、被告の計画指示にかかる新幹線鉄道の建設を実現する過程でなされた行政機関内部の行為の性格を有するものと解され、本件認可の存在によつて対外的にその法律上の効果が生ずるものではないし、国民の権利義務に直接の影響が生ずるものでもない(最高裁昭和五三年一二月八日判決・民集三二巻九号一六一七頁参照)。
三原告らは、新幹線による沿線住民からの権利利益の侵害は、被告の認可、国鉄の工事実施・営業運行の一連の過程をもつて発生するものとして、本件認可に対する抗告訴訟のほか裁判所の救済を求める手段がないと主張する。
ところで、原告らの主張する右一連の過程による権利利益の侵害は、①新幹線鉄道の建設のためにその土地建物その他の財産、生活の本拠を失うことと②その建設後の高速運行によりいわゆる新幹線公害を受けることとに大別される。原告らは、対外的には法律上なんらの効力もない本件認可の取消を待つまでもなく、被告の基本計画、整備計画、建設指示、本件認可にかかる工事実施計画の違法を主張することはなんの妨げもない。
前記①については、さきに述べたように、本件認可により国鉄には優越的な地位が与えられたわけでなく、土地収用による場合は土地収用法所定の救済の機会が与えられるし、いわゆる任意買収等の場合はその前提問題について行政訴訟が考慮される必要がない。
②の新幹線鉄道の運行に基因する公害については、法は右運行に関し特段の定めをしていないので、被告の指示に基き建設される新幹線鉄道の運行により原告らの権利利益が侵害される危険性が存在するならば、原告らは被告の本件認可ないし前記計画等の違法を前提として、民事訴訟により運行主体たる国鉄を相手どり妨害予防等の救済を求めることができる。法による新幹線鉄道の建設は、もとよりその運行を目的とし、法は新幹線鉄道を主たる区間を列車が二〇〇キロメートル毎時以上の高速で走行する(法二条)ことを予定し、工事実施計画添附の書類には予定運行図表(施行規則二条二項一四号)も含まれるなど、本件認可と運行との具体的関連が窺われないわけではないが、さきに述べたとおり、新幹線鉄道の営業運行は国鉄固有の業務であり、新幹線鉄道の建設・運行を一連の過程とみて、叙上の権利利益の侵害について本件認可に対する抗告訴訟を認めるのは適切といえない。
四よつて、その余の点を論ずるまでもなく、本件認可を抗告訴訟の対象たる行政処分とみることはできないから、原告らの本件訴えは不適法として却下すべきである。よつて、本件訴訟は、弁論制限にかかる訴えの適否に関するほか判断を要しないので、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり終局判決をする。
(高山晨 野田武明 友田和昭)